Rock, Paper, Scissor
石紙鋏
展覧会開催への経緯
アーティスト・イン・レジデンス事業「AIR475(エアヨナゴ)」は、2014、2015年に鳥取県内で開催された芸術祭「 鳥取藝住祭」におけるひとつのプロジェクトとして実施してきました。AIR475の企画・運営・実施は、「 米子建築塾(※1)」が鳥取藝住祭を主催するアーティストリゾートとっとり芸術祭実行委員会から委託を受けるかたちですべてを担い、米子市の文化振興を図ることを目的に実施してきました。2014年からは日本とカナダで活躍するキュレーター原万希子氏を迎えることで、米子市の歴史や自然などの資源をベースとしながらも、地域への新しい視点や価値観、また社会的な課題を問う作品をこの米子の地で生み出すこととなり、現代美術のシーンにおいても優れたプロジェクトを展開しました。



(projection mapping at Nakaumi , AIR475 2014)

アーティストリゾートとっとり芸術祭実行委員会は、2015年度をもって解散しましたが、AIR475は独自の運営体制を整え2016年以降も継続して実施しています。また、2016年からの運営に際しては、米子建築塾メンバーを中心にしながらも、建築にとどまることなく、様々な専門領域からAIR475プロジェクトを盛り上げていくため、新たに立ち上げた団体「AIR475(※2)」が担っています。
本展覧会のアーティスト、シンディ望月氏は、2014年度のAIR475より継続して< Rock, Paper, Scissor ⁄ 石紙鋏 >という作品に取り組んでいます。その内容は、単にアート作品として私たちの心を潤すだけでなく、汽水湖「中海」を改めて見直す機会をも生み出しています。シンディ望月氏の住むカナダのバンクーバーは、豊な自然と穏やかな海が美しい街ですが、< Rock, Paper, Scissor ⁄ 石紙鋏 >は、このバンクーバーと中海の景色が似ているという発見から始まりました。
かつて米子の表玄関としてにぎわい、「錦海」という別名を持つほどの美しい場所を、現代アートという手法で見直すことは、中海の再生や環境改善などに取り組む多くの団体にも、有意義な活動としてAIR475は認められつつあります。
また、シンディ望月氏は、AIR475を含む一連の活動が高く評価され、2015年度の映像アートやニューメディア部門でのバンクーバー市長賞(Mayor's Arts Award for Film and New Media)を受賞されています。また、2017年にカナダの「日系博物館( National Museum & Cultural Centre)(※3)」での個展開催が決定し、AIR475から生まれた作品< Rock, Paper, Scissor ⁄ 石紙鋏 >を大々的に発表する機会を得ることとなりました。AIR475は、米子とカナダの関係性を深め、アーティストへの活躍の場を与えるプロジェクトとして、今後も展開していければと考えています。
ぜひ、< Rock, Paper, Scissor ⁄ 石紙鋏 >展覧会を米子市美術館において実施することで、広く市民の皆様にアートの持つ力を感じて頂き、また米子という町の自然や歴史の魅力を、アートという切り口から味わっていただきたいと考えています。ぜひ、本展覧会を米子市美術館にて実現させていただければ幸いです。
本文内脚注一覧
- ※1
- 米子建築塾は、1級建築士などからなる建築の専門家らで構成された市民団体。平成15年11月3日結成。米子の住環境や建築文化、そこで暮らす人々の生活文化の向上と発展に向け建築活動を通して共に考えることを目的とする。
- ※2
- メンバーは米子建築塾にも所属する6名。平成27年5月1日に「AIR475応援団」として結成の後、平成28年6月1日に団体名を「AIR475」に更新。構成人員は、来間直樹(クルマナオキ建築設計事務所)、高増佳子(米子工業高等専門学校建築学科准教授)、白石博昭(しらいし設計室)、しろえだしん(ぱてぃなでざいん建築設計事務所)、吉田輝子(キミトデザインスタジオ)、水田美世(元 川口市立アートギャラリー・アトリア学芸員/皆生の居場所「ちいさなおうち」管理人)
展覧会概要
展示作品の概要
< 石紙鋏 >は、劇場のように構成された会場で、ラジオドラマ、ビデオ、アニメーションなどによって展開する3部作の短編小説を観客が45分間で体験するマルチメディア・インスタレーション作品になります。< 石紙鋏 >(かみ、いし、はさみ)というタイトルは、「じゃんけん」から着想されており、日系3世のカナダ人であるアーティストのシンディ望月が2014年から2016年までの2年間の間に3回訪れ、レジデンス滞在した米子市で出会った出来事や、土地の風土や場所、その後のカナダでの調査で発見した、米子周辺からの移民のアーカイブ資料から着想を得て創作した三部作のフィクションの短編小説をもとに創り出す、ナレーションの音と映像が複雑に交差するアート作品として展開します。
物語の舞台になる、Kという主人公の働くミステリアスなレストランの空間に入るやいなや観客は、今から100年前の20世紀の初頭から、100年後の22世紀までの200年という年月を隔て、日本の米子の海岸沖から、遙か太平洋を超えた北米大陸の最西端のカナダのブリティッシュ・コロンビア州の島々を巡る空想の時空間を超えた旅に導かれます。石、紙、鋏をテーマにした3つの短編小説は、それぞれの章が20世紀初めに鳥取県の米子や境港からカナダに渡った開拓移民たちと、彼らがカナダで携わった石炭業、鉄工業、材木業といった天然資源にまつわるお話として日本とカナダのつながりの中に展開していきます。
作品の展示は、1930年代に、米子の中海に浮かぶ萱島に存在したと言われている料亭「たつみ」の記憶をたどって想像し模型化した劇場空間の中に構成されます。歴史の中に消えていってしまった、手の届かない「たつみ」という場所が、この作品の中心に置かれる舞台となり、人々はその周りを歩きながら中に入ることはできません(できるようになるかも??)。4つのスピーカーと、ビデオプロジェクションの映像で展開する3つの物語は各15分、順番にループして全45分で上映される予定です。
この作品は2017年2月4日から4月30日まで「カナダの日系博物館( National Museum & Cultural Centre)」で新作のインスタレーション作品として発表されます。その後の海外巡回展として米子市美術館に提案する作品は、アニメーション、ビデオなどのビジュアルの部分は日系博物館で発表されるものと同じものを使いますが、ラジオドラマのナレーションは日本語訳の吹き替えになり、また会場の空間構成も米子でギャラリーに合わせた現地制作として検討しています。(インスタレーションおよび、映像のプランは添付のドローイングイメージをご参照ください)

オープン・アーカイブ・ルーム(仮称)展示について
作品が出来るまでの2年間で集めてきた、萱島、料亭「たつみ」、それが存在した昭和初期の米子と中海、中海を囲む周辺地域の神話、歴史、地理や風土史などの資料や、カナダ側で調査した鳥取県人会や日系博物館提供の19世紀末から20世紀初頭の鳥取からの開拓民の記録資料など、< 石紙鋏 >の背景を展示するアーカイブ・ルームをメインのインスタレーションに合わせて構成します。調査の中心になった2つの事柄、「たつみ」と、鳥取の開拓移民に共通するのは、ともに第二次世界大戦という多くの人々の運命を変えてしまった歴史的悲劇以前の記憶として、いわゆる正史として書き残され保存されてる歴史の中からはほとんど姿を消してしまっていたということです。2年の調査では、各地域のご年配の方々の遠く幼い時代の記憶の証言、小さな広告や書籍の記述などの断片を拾い集めながら、様々な人たちと共に空想をめぐらしながら< 石紙鋏 >のお話は紡がれてきました。展覧会期中、この部屋は地域の方々からの記憶、思い出、想像などを継続的に集めながら、共に新しく米子の歴史を書き加えてゆく為のオープン・アーカイブ・ルームとして市民に開かれた空間になります。展覧会中には、これらの資料と関連した地域の専門家の方々をお招きし、講演会、上映会、朗読会などのプログラムを企画します。




(米子市立山陰歴史館蔵)
「向こう萱島いとしうてならぬ 沖に白波立つ中に 雨情」

写真:山陰中央新報

写真:松月HPより

写真:「北米移民120周年記念事業記録集」より
物語の概要
< Paper ⁄ 紙 >には1960年代を舞台に、日本の海岸沖のミステリアスな島で小さな家庭料理のレストランを営むKという女性が登場します。ある晩、店じまいの直前に一人の男が食事をしたいといって現れます。そこから幾つもの不思議な出来事が展開してゆきます。Kはメニューの紙に開いた小さな穴から何かを覗き見ることになります。その男が出て行った後には、一枚の古い『呼び寄せ』の手紙が残されています。
その前編である...
< Rock ⁄ 石 >では、舞台が19世紀末のブリティッシュ・コロンビアのカンバー島の炭鉱に移ります。そこでは、他の多くの開拓移民とともに、日本からも大勢の移民が働いていました。Kはそこに戻って行き、森の中で難民を探している炭鉱夫の娘にその手紙を手渡すことになります。
最終章の...
< Scissors ⁄ 鋏 >では、舞台は22世紀にワープし、安来市にあった、たたら製鉄の工場に戻ります。Kは170歳の幽霊となって登場し、背の丈が10m以上もある、世界で一番よく切れる鋏を作ることができる巨人のとなりに座っています。Kは盲目で目が見えませんが、巨人の声は聞こえてきます。その音は、数人の労働者がたたら鉄を鋳っている音なのだと、Kは後から気付きます。最後のシーンでは巨人はKに、海で見た一番美しい記憶を教えてくれるのと引き換えに、彼女の眼をもう一度見えるようにしてあげようかと尋ねます。
< 石紙鋏 >と米子の関係について
20世紀初頭に鳥取県の海岸沿いの地域から多くの開拓移民が、カナダの北西沿岸地域、ブリティッシュ・コロンビア州のペンダー島、メイン島、およびゴルフ島に渡り、その中からは起業家としてブリティッシュ・コロンビア州の天然資源産業の発展に寄与し成功を収める者もいました。ブリティッシュ・コロンビア州の島々を取り巻く景色—海と島の美しい海岸線、日没時にルビー色に輝く海、豊かな魚介類などは、故郷の中海で親しんでいた風景と驚くほど似ていたのではないかと想像します。移住先に、新しい「新しい楽園」を見出した開拓移民者たちは、故郷に残してきた家族や友人たちに「呼び寄せの手紙」を送り、太平洋を越えてこちらに移住し一緒にカナダで生きていこうと説得したのでした。< Paper ⁄ 紙 >の章では、実存した米子市からの移民で、メイン島の森林を買い取り、林業、材木業で成功を収めた磯島(いそじま)さんという男性が、故郷から彼に続く多くの移民を呼び寄せるために送った、「呼び寄せの手紙」を使っています。
このプロジェクトは、2014年から始めたレジデンス調査で出会い、発見していった1930年代に萱島にあった「たつみ」という料亭など米子特有の様々な史実から発想を得て展開してきました。この山陰地域に多く残っている日本の創生神話のように、< 石紙鋏 >の物語の中では、人間が大地と海の繋がりのなかで、夢と希望を持ち人生を歩んで行くことの様々な物語が織り込まれているのです。米子という風土と歴史に根付いていた物語であると同時に、フィクションとしてカナダのブリティッシュ・コロンビア州という場所との繋がってゆくこの物語を通して、私たち一人一人が生まれ育った風土との強い関わりを持ちながら遠い海を越えた世界と繋がりの中に生きているのだということを想起させたいと思っています。
この物語の中に出てくる登場人物たちは、開拓移民と呼ばれるカナダの日系一世のアーカイブや物語と素材に基づいています。第2次世界大戦前の移民の人々の日常生活—希望や野望もって人生を切り開いて成功するための可能性を信じ、リスクを負ってチャンスに賭けるという、今日では想像できないような力強い生き方を反映しているのです。そしてそれは、日本の戦前のある一時期に起こった熱狂や希望が、海を越えてカナダに渡った人々の潜在的な原動力だったのではないかと思うのです。